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仙台高等裁判所 昭和27年(く)5号 決定

抗告人 被告人広野与一の原審弁護人 鳥海一男

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の理由は別紙記載のとおりである。

よつて訴訟記録を調査するに、

(一)本件公訴事実は被告人は君島忠一と共謀の上昭和二十五年十一月十四日午後七時過頃福島県南会津郡舘岩村大字熨斗戸字草津千百六十二番地赤羽勝一所有の製材工場倉庫内部において同倉庫床上に揮発油入罐の内にろうそくを立て其の周囲を蚊張等をもつて覆い燐寸をもつてろうそくに点火してろうそくより揮発油に引火させ更に前記蚊張、床板等に延焼せしむる装置をなして午後八時頃前記計画に基き放火し、よつて人の現在せざる前記木羽葺平家倉庫並に之に接する製材工場各一棟を焼燬したというのであつて此の被告事件は福島地方裁判所若松支部法廷で裁判長裁判官籠倉正治、裁判官坪谷雄平、裁判官福岡佐昭列席の上公判が開始された。

(二)しかるに右裁判官籠倉正治、同坪谷雄平は曩に赤羽勝一、君島忠一に対する放火被告事件につき合議体の構成員として審理に関与し、被告人は君島忠一と共謀して昭和二十五年十一月十四日福島県南会津郡舘岩村大字熨斗戸字草津千百六十二番地所在の工場に接続して建設された倉庫内に放火して同工場、倉庫等を焼失せしめたとの事実を認定して君島忠一を有罪とした。

以上の事実は明らかに認定しうるところである。しかし裁判官籠倉正治、同坪谷雄平が合議体の一構成員として曩に審判した君島忠一外一名に対する放火被告事件につき有罪の判決をしたとしても被告人広野与一に対する本件の審判に当り其の審理を省略したり証拠に基かずに有罪の判決をしたり証拠能力のない資料に基いて有罪と断じたりすることは出来ないこと勿論であつて、事実審裁判官の自由裁量に基く証拠の取捨選択も経験則に従わねばならないという制限があるのであるからこの点についても裁判官の専恣偏頗は絶対に許容されない。しかも右裁判官が特に不公平な裁判をすると疑うべき何等の事由も発見しえないところでありなお卑しくも職業裁判官の合議体による審判に当つては被告人に対する審理開始前既に事件につき予断を抱いて不公平な裁判をするが如き虞は夢想だもしえない本件においては申立人において被告人が有罪の判決を受けるであらうとの危懼は独自の見解に立脚した単なる杞憂に過ぎないと断ずべきである。されば前に共犯者の一部の者の審判に関与した前記裁判官が後に起訴された本件被告人の審判に関与することは刑事訴訟法第二十条各号の除斥原因に該当しないのみならず同法第二十一条の忌避の原因である不公平な裁判をする虞ある場合にも該当しないと解すべきであつて右は憲法第三十七条第一項刑事訴訟法第二十条以下の除斥忌避の制度の精神に背反すると認める訳にいかないから本件忌避の申立は理由なく之を却下した原決定は相当である。

仍て刑事訴訟法第四百二十六条第一項に則り本件抗告を棄却すべきものとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

抗告理由

第一点憲法違反 憲法第三十七条第一項は、すべて刑事事件においては被告人は公平な裁判所の裁判を受ける権利を有することを宣言し、この大精神は刑事訴訟法上第二十条以下除斥、忌避の制度に顕現され、更に同法第二百五十六条、第二百九十六条の規定にも具体化されて、予断、偏見の防止に務め、以て右要請に確実に応えて只管被告人の権利を擁護している。判例は公平な裁判所の裁判とは偏見や不公平のない組織と構成をもつ裁判所による裁判を意味するとせられているが、これは啻に形式的のみならず実質的にも右のような虞のない裁判所による裁判を指すものと信ずる。

本件忌避申立の原因たる事実の要旨は、被告人広野挙一は、君島忠一と共謀の上、昭和二十五年十一月十四日午後七時過ごろ、福島県南会津郡舘岩村大字熨斗戸字草津千百六十二番地赤羽勝一所有の製材工場倉庫内部において、同倉庫床上に揮発油入罐の内にろうそくを立てその周囲にかや等をもつて覆いマツチをもつてろうそくに点火してろうそくより揮発油に引火させ更に前記かや、床板等に延焼せしむる装置をなして、午後八時ごろ前記計画に基き放火し、よつて人の現在せざる前記木羽葺平家建倉庫並びにこれに接する製材工場各一棟を焼きしたものとして起訴せられ、現在福島地方裁判所若松支部の裁判官の合議体の審理を受けているものであるが、同合議体の構成員である裁判長裁判官籠倉正治及び裁判官坪谷雄平は、先に右君島忠一及び赤羽勝一の両名に対する前記放火事件について、いづれも同裁判所支部の合議体の構成員としてその審理に関与し、かつ本件被告人の共犯関係をも認定した上(而も該認定は本件被告人が実行行為の最重要部分を担当したとする共犯者君島の供述が基本になつており、若し本件被告人が他の裁判官の審理を受けて無罪になつたとすると(本件被告人は前記事件の証人として全然無関係なることを供述している)右判決の事実認定は根本的に覆えつてしまう関係にさえある)右両名に対し有罪の判決を言渡しているのである。故に前記両裁判官が人格識見共に優れ職業的裁判官として頭の使い分けを為し得る能力に欠ける所ないということを考慮に加え、更に原決定がいうように、その職責上絶対に審理を省略したり或はこれを粗ろうにしたりして裁判し得るものでもなければ、共同正犯者に対する裁判で有罪と認定した事実に少しも拘束せられるものでもなく、共同正犯者に対する審理及び裁判とは全然関係なく、全く独立の立場から、起訴状に基き、所定の手続に従い厳正公平な態度をもつて審理し、厳密な証拠法を適用した厳格な証拠に基き、かつ採証の法則に従い、犯罪事実の存否を認定しなければならないものであることを是認するとしても、苟も裁判官も人間である以上、公判開廷前既に被告事件について或る種の予断を抱いているであろうことは免れ難い数で、その予断は審理裁判を誤らす虞があり、延いては不公平な裁判をする虞があるものと被告人及び弁護人が危惧の念を抱くのも当然で、されば前記両裁判官の構成する合議体は、形式的には不公平な裁判をする虞のある組織と構成を持つものとはいえぬにしても、少くとも実質的にはその虞のある構成をもつものというべく、従つて刑事訴訟法第二十一条第一項に該当する場合として、よろしく忌避申立を認容すべきに拘らず、事茲に出でなかつた原決定は、憲法が保障する被告人の権利を無視した違法があるものと信ずる。

第二点判例違反 原決定は本件事実関係と全く同様な事案に対する高松高等裁判所昭和二十五年三月十八日同裁判所刑事第三部決定に係る裁判官忌避申立事件に対する即時抗告事件の判例に違反しているものと信ずる。(判例タイムズ一四号四六頁所載)。即ち右判例の事案は、甲、乙、丙三名共謀の強盗事件につき、甲、乙、丙が順次別々に起訴されたため同一の裁判官が甲、乙を順次別個に審理しいずれも甲、乙、丙の共犯関係を認定し夫々有罪判決をした後更に丙を審理するに際し丙より忌避の申立があつた場合につき之を認容して原決定を取消している。然らば本件において原決定が忌避申立却下の挙に出たのは正しく右判例に相反する判断をした瑕疵あるものというべく取消を免れないものと思料する。

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